2020/9/7
【原著情報】
Shimizu S., Dan K., Tanaka C., Tanaka M., Tanaka Y., Shirotani M., Kitamura K., Yorozu K., Oehorumu M., Tsukamoto G. Ultrafine Bubble Water Usefulness in Fecal Microbiota Transplantation: Recognition of Transplanted Microbiota in Intestinal Epithelial Cells. Bioactive Compounds in Health and Disease. 3(2020), 141-153.
【Abstract】
シンバイオシス株式会社が開発し、特許を取得した水素ウルトラファインバブル(UFB)水、水素NanoGAS®水は腸内フローラ移植臨床研究会の糞便微生物叢移植治療(FMT)の移植菌液の溶媒に活用されている。本研究では、UFBを用いたFMTの有用性を評価するために、糖尿病マウスにFMTを実施し、病態が改善するかをSalineと比較検討した。また腸管上皮細胞(Caco-2)を用いてMicrobiotaを認識する数種受容体-mRNA(Toll-like receptors, NOD-like receptors, and RIG-I-like receptors)の変動からUFBとSalineによる差別化について検証した。さらに細胞へのglucose取り込みを蛍光標識glucose analog (NBDG)を用いて測定した。
糖尿病モデルマウスへのUFB菌液によるFMTにより、血糖値の低下が確認された。血中インスリン濃度は陰性対照群とは有意な差は見られなかったが、Caco-2細胞を用いた糖の取り込みの観察においてはUFB菌液の添加30分後に有意な糖の取り込みの遅延もしくは抑制が見られた。
また、Caco-2細胞を用いた菌体成分を認識する腸管上皮細胞の受容体mRNAの発現量の比較検討において、Nod-1, Nod-2, IL-1βが上昇する傾向が認められ、UFB単独では上皮細胞の受容体に変化を認めなかった。この結果は、細胞が移植菌を認識し、応答したためにm-RNAの変化があったと考えられる。
以上のことから、菌の移植に用いる懸濁液としてのUFBの優位性が示唆されたものである。
【背景及び目的】
腸内細菌叢の乱れ(Dysbiosis)が炎症性腸疾患や過敏性腸症候群など消化器疾患だけでなく、糖尿病やメタボリックシンドロームなどの代謝性疾患、関節リュウマチや多発性硬化症など自己免疫疾患、自閉症やうつなどの精神疾患など様々な疾患に関与していることが明らかになっている。このDysbiosisの改善を目的として腸内細菌叢移植(Fecal Microbiota Transplantation: FMT)が副作用の少ない細菌学的治療法として注目されている。再発性クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)感染症(refractory Clostridium difficile infection:CDI)に対しては、米国感染症学会(IDSA)のガイドラインではFMTを強く推奨している1)。
一方で、FMT療法の確立には投与経路、投与量、投与回数、ドナーの選定方法などにさまざまな議論がある。特に菌液の調製については、生理食塩水を用いることが定着しながらも溶媒の検討などはほとんどなされていないのが現状である。
ナノバブル水とは、1 μm 以下の泡を液体に発生させる技術によるもので、その泡の体積が微細であるため、長期間液体中に存在し続けることが特徴で、泡表面の電位特性から洗浄力や食品の保存など用途が広がりつつある。我々は既存のUFBより大量のバブル個数濃度を実現した清水式ウルトラファインバブル(NanoGAS®)水を製造し、移植菌液の溶媒に用いている。
腸内細菌は生体にとって異物でありながら腸管免疫系によって排除されることなく、共生している。体外から移植された腸内細菌を腸管上皮細胞がどのように認識して、容認するのか、排除するのかは未だ不明な点が多い。これまでに菌体成分を認識する腸管上皮細胞の受容体として、Toll-like receptors (TLRs)2,3)、Nod-like receptors (NLRs) 4,5)、及びRIG-I様receptor (RLRs) 6)が知られている(Fig.1)。 TLRsの中で、TLR2はグラム陽性菌を認識し、TLR4はグラム陰性菌を認識するとされている。NLRsにはNod1, Nod2, NLRP3, NLRC4などの存在が確認されており、Nod1, Nod2のmRNAレベル及びNLRP3, NLRC4も含めた主要応答として知られるIL-1βのmRNAレベルを、またRLRs としてRIG-I, MDA5, LGP2-mRNAを定量RT-PCR法により解析した。移植した菌製剤 (Bio3)を認識するmRNAレベルの変動から、UFBとSalineとの差別化を検討した。
今回、当研究会の行うNanoGAS®水を用いたFMTの有用性を評価するために、NanoGAS®及びSalineで調整したBio3菌液を糖尿病モデルマウスに腸注することで、病態改善効果の比較を行うと共に、糖の取り込みに関してin vivo 及びin vitro評価を行った。また、腸管上皮細胞(Caco-2)を用い、腸管細胞がどのように菌を認識するかをmRNAレベルの変動で検証した。
【方法】
糖化菌、乳酸菌、酪酸菌配合の細菌製剤(ビオスリー®)を用い、NanoGAS®水及びSalineを用いて移植菌液を調整した。
糖尿病モデル動物の作成及びFMT実験:
100 mmol/L citrate buffer (pH 4.5)で調製した STZを雄性ICRマウスに静脈内投与(40 mg/kg)し、1週間後に測定した血糖値に基づき、以下の4群に分割した(N = 6/群)。
・無処置コントロール群(Control)
・UFB調製菌液群 (Bio3 / UFB)
・Saline調製菌液群 (Bio3 / Saline)
・Insulin治療群(In.T)。
菌液は実験開始日と7日目の2回、1匹あたり1 mlを肛門から注入した。インスリンは14日間毎日1 IU/0.1 mlを腹腔内投与した。血糖値は7, 14日の2回、マウス眼静脈叢より採血し、血中インスリン濃度は14日に麻酔下で頸静脈採血し、それぞれ測定した。
腸管上皮細胞における細菌製剤の認識:
腸管上皮細胞(CaCO-2)は5.0×104 cell/ml の濃度で調整し、35mm-dish に2 mlを播種し、48時間培養したのち試験に用いた。dish内の古い培養液を除去し、細胞表面をPBSで洗浄した後、1%〜0.0001%の濃度でBio3粉末を添加したNanoGAS水もしくはSalineで調整した細胞培養液を2mlそれぞれのウェルに加え、培養を継続した。経過時間(1, 4, 8時間)ごとに各dishから細胞のTotal RNAを抽出し、RNA濃度を定量測定した。
定量RT-PCR (RT-qPCR) :
受容体関連遺伝子Toll-like receptors (TLRs), Nod-like receptors (NLRs), RIG-I like receptor (RLRs)、及び内在性コントロールとしてglyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase (GAPDH)の発現レベルをRT-qPCRで測定し、mRNAの発現として4倍以上変動したものを有意な差と判定した。
細菌製剤添加腸管上皮細胞(CaCO-2)におけるグルコースの取り込み:
35 mm dish及び96 well plateのCaCO-2(5.0 ×104 cells/ well)に対して、 Bio3/UFBまたは(Bio3/Saline)を添加したGlucose(-)培養液で4時間培養したCaCO-2に対して蛍光標識100μM, 2-(N-(7-nitrobenz-2-oxa-1,3-diazol-4-yl)amino)-2-deoxy-D-glucose (2-NBDG)を加え、経過時間ごと(0, 30, 60, 120, 180 min)にice-cold PBSで洗浄後、細胞内に取り込まれた2-NBDGの標識蛍光量(Ex; 485 nm, Em; 535 nm)を蛍光プレートリーダー(で測定した。一部、蛍光画像を取得するために蛍光顕微鏡下で観察を行なった。
実験は同一条件下のものをn=4にて行い、結果は各群の平均値±標準偏差で示した。One way ANOVAによって有意差検定を行なった。
【結果】
糖尿病モデルマウスに対する(Bio3 / UFB) FMTの効果
STZ投与によって糖尿病を誘導した全てのマウスはFMTを開始する前に血糖値を測定し、各群間の差異は最小限になるようにして実験を開始した。FMT実施前後の各群の血糖値の変化を無処置コントロールとの比率で示した(Fig.3(a))。(Bio3 / UFB)FMT群では、FMT前のday 0とFMT後の day 7の間で血糖値の有意な低下が認められ、その低下は陽性対照のインスリン治療(In. T)群よりも大きかった。(Bio3 / Saline)FMT群では、無処置コントロールとの差異を認めなかった。また実験終了時の血中インスリン濃度は、各群ともに検出限界に近い低い値であったが、(Bio3 / UFB)FMT群は(Bio3 / Saline)FMT群よりやや高い傾向が認められたが、インスリン治療群ほどの高値ではなかった(Fig.3(b))。
(Bio3 / UFB)添加に対する腸管上皮細胞(Caco-2)の細菌認識受容体m-RNAの発現
(Bio3 / UFB)添加に対する細菌認識受容体-mRNAの変化について、添加4時間後におけるmRNA発現量の比較を、添加前の発現レベルの増減として示した(Fig. 4)。
段階希釈した(Bio3 / UFB)懸濁液の添加によって、TLR2-mRNAレベルに変動はなかったが、TLR4では濃度依存的に有意な減少が認められた。その他のmRNAではNod1, Nod2ともに上昇傾向を示したが有意な差ではなかった。一方、IL-1β-mRNAは濃度依存的に有意な上昇を示した。(Bio3 / UFB)を0.1%以上添加することで、認識する細菌認識受容体-mRNAは有意なレベルの変動を示すことが確認された。
細菌認識受容体-mRNA発現における(0.1% Bio3 / UFB)とUFB単独添加による差異を処理後、1, 4, 8時間について検討した(Fig. 5 (a-h))。グラフは添加直前の0時間を基準としたmRNA発現量の推移を示している。UFBを単独添加ではmRNAレベルに変動は見られなかったが、(Bio3 / UFB)添加においては4時間をピークとしてNod-1, Nod-2, IL-1βが上昇する傾向が認められた。
※実線;(0.1%Bio3 / UFB)、破線;UFB単独
同じBio3濃度と刺激時間において、UFBとSalineの差異を検討した(Fig. 6)。グラフの縦軸は(Bio3 / UFB)によるmRNAの発現量から(Bio3 / Saline)によるmRNAの発現量を同一条件下の減算値で示している。各mRNAともに概ね刺激後4時間で(Bio3 / UFB)群において高発現で、最大の差となった。TLR-2, TLR-4ともにUFBとSalineの差は明確ではなかったが、NLRのNod-1, IL-1βで大きな差となって現れた。
腸管上皮細胞(Caco-2)のグルコース吸収におけるUFBの効果
(Bio3 / UFB)及び(Bio3 / Saline)で4時間刺激した腸管上皮細胞(Caco-2)においてグルコースの取り込みの差異を検討するため、NBDG を添加後30 分における細胞内の蛍光量をDish内それぞれ5箇所で測定した(Fig.7, 代表例)。5箇所の平均蛍光量は、(Bio3 / Saline)が17,800 Unitであったのに対して(Bio3 / UFB)では、14,200 Unitと有意に低い値を示した。次に細胞内の蛍光量を経過時間ごとに測定したところ、(Bio3 / Saline )群の蛍光量と比較して、(Bio3 / UFB)群ではグルコースの取り込み量が平均蛍光量と同様、30分で有意な差となり、グルコースの取り込み量が抑制または遅延することが示された。(Fig. 8.)。
【考察】
FMT の適応対象となる疾患が広がる中、Microbiotaの調製に関する検討があまりなされていないことに着目し、シンバイオシス社製造の水素UFB水である水素NanoGAS®水の添加に関する有用性について従来のSalineと比較検討した。
今回はSTZの少量単回投与(40 mg / kg, i.v.)により比較的マイルドな2型糖尿病モデルを作成した。Insulin分泌が残存していたことはFig. 3bの結果からも明らかである。
Fig. 3aより、UFB群ではSTZ誘導糖尿病モデルマウスの血糖値を低下させた。Saline群ではそのような効果は認められなかった。この結果からもFMTのMicrobiotaの溶媒としてUFBの有用性が期待される。一方で、Fig.3bにおいて、(Bio3 / UFB)群の血中Insulin濃度は陰性対照と比較してやや高いものの有意ではなく、Insulin分泌刺激ではFig.3aの血糖低下は説明出来ない。腸管上皮細胞(Caco-2)におけるグルコースの取り込みに関しては、UFB群ではSalineと比較して抑制または遅延傾向にあった(Fig. 7, 8)。これもSalineとの差別化になり、糖の吸収を抑制することで、血糖値の低下を招いたことは一因として示唆される。2型糖尿病患者においては、GLP-1分泌が腸内細菌の本試験で投与した乳酸などの短鎖脂肪酸を生成するLachnobacterium、 B. adolescentis や Coriobacteriaceaeの変化と関連していることが報告されている7)。UFBを用いたFMTとGLP-1などのIncretin分泌との関連性は今後詳細に検討すべき課題である。
Caco-2細胞を用いた(Bio3 / UFB)とUFB単独添加による細菌認識受容体-mRNA発現量の比較(Fig.5)においては、Nod-1, Nod-2, IL-1βが上昇する傾向が認められ、UFB単独では上皮細胞の受容体に変化を認めなかったことから、UFBの存在がMicrobiotaとのクロストークが必要かつ有用であることが示された。Fig.4における段階希釈した(Bio3/UFB)菌液による刺激においては、TLR2-mRNAレベルに変動はなかったが、TLR4では有意な減少が認められたことより、グラム陰性菌を認識したものと考えられた。一方、IL-1β mRNAは濃度依存的に有意な上昇を示した(Fig.4(a))。このことから、(Bio3 / UFB)の刺激によって、NLRsのNLRP3及びNLRC4系による菌の認識がおこったものと考えられた(Fig.6)。菌を認識した場合、関連するmRNAレベルは上昇すると考えていたが、RLRsでほとんどレスポンスが見られなかったが、これらは主にRNA分子を認識する受容体であり、Bio3の刺激では作動しない可能性が考えられるが、確認は出来ていない。
以上のから、UFBを併用することで、投与した腸内細菌と腸管上皮細胞とのクロストークが生じ、また、腸管上皮細胞の糖の取り込みが抑制または遅延したことから、糖尿病モデルマウスにおいて血糖値が低下する現象について、関連性の一端が見出されたものと考える。従って菌の移植に用いる懸濁液としてのUFBの優位性が示唆されたものである。
1.McDonald L.C., Gerding D.N., Johnson S., Bakken J.S., et al. Clinical Practice Guidelines for Clostridium difficile Infection in Adults and Children: 2017 Update by the Infectious Diseases Society of America (IDSA) and Society for Healthcare Epidemiology of America (SHEA). Clinical infectious diseases : an official publication of the Infectious Diseases Society of America, 66(2018), e1–e48.
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7.Cornejo-Pareja I., Martín-Núñez G. M., Roca-Rodríguez M.M., Cardona F., Coin-Aragüez L., Sánchez-Alcoholado L., Gutiérrez-Repiso C., Muñoz-Garach A., Fernández-García J.C., Moreno-Indias I., Tinahones F.J. H. pylori Eradication Treatment Alters Gut Microbiota and GLP-1 Secretion in Humans. Journal of clinical medicine, 8(2019), 451.